<深堀>中長期調達義務(2)GHGプロトコル・アワリーマッチングとの整合性

· 電力ニュースの深堀り

GHG Scope 2 Guidance とアワリーマッチング

――国際的な算定基準の進化と、日本の電力制度との整合性を考える

Scope 2を巡る議論は、いま新たな段階に入っています

企業の温室効果ガス排出量算定において、購入電力に伴う間接排出を扱うGHGプロトコルのScope 2は、ここ数年で大きな転換点を迎えています。
従来のScope 2では、企業がどのような電力を調達しているかを反映するため、「マーケット基準」と「ロケーション基準」という二つの算定方法が併存してきました。特にマーケット基準は、再生可能エネルギー証書や電力購入契約(PPA)など、企業の調達行動を排出量算定に反映できる点で、企業の脱炭素投資を後押ししてきた側面があります。

一方で、こうした仕組みが定着するにつれ、「年間合計で再エネを調達していれば十分なのか」という問いが、国際的に改めて提起されるようになりました。実際の電力使用は時間ごとに行われており、発電側も時間帯によって大きく構成が変わります。それにもかかわらず、年単位で再エネ証書を購入することで、実態としては化石燃料由来の電力を多く使用している時間帯の排出も“相殺”されてしまうのではないか、という問題意識です。

この点は、特にデータセンターや製造業など、電力消費量の大きい企業が増える中で、無視できない論点となってきました。

誰が、何を変えようとしているのか

こうした問題意識を背景に、GHGプロトコル事務局をはじめ、EnergyTagや国連の24/7 Carbon-Free Energy(24/7 CFE)イニシアティブなどが中心となり、Scope 2マーケット基準の高度化に向けた議論が進められています。
その中核にある考え方が、「時間一致」、いわゆるアワリーマッチングです。

アワリーマッチングとは、企業が電力を使用した時間帯と、再生可能エネルギーが発電された時間帯を、できる限り一致させることを求める考え方です。これは、従来の年次ベースの算定から一歩踏み込み、電力の「時間的な性質」を排出量算定に反映させようとする試みと言えます。

議論の中では、完全な時間一致を一足飛びに義務化するというよりも、まずは時間別の情報開示や、より細かな粒度での属性管理を進め、段階的に精度を高めていく方向性が示されています。いずれにしても、Scope 2マーケット基準が「調達量」だけでなく、「いつ調達されたか」という次元を取り込もうとしていることは、ほぼ共通の理解になりつつあります。

アワリーマッチングが企業行動に与える影響

アワリーマッチングの導入は、単なる算定ルールの変更にとどまりません。
企業の電力調達行動そのものに、長期的な影響を与える可能性があります。

時間一致を意識した調達を行うためには、単に証書を購入するだけでは不十分となり、特定の発電所と長期のコーポレートPPAを結ぶ、あるいは蓄電池や需要調整を組み合わせて再エネ電力を時間的に調整する、といった対応が必要になります。特に大口需要家にとっては、10年、20年といったスパンでの契約や投資判断が前提となるケースも少なくありません。

GHGプロトコル側の想定では、こうした対応が必要となる企業は限定的ではなく、Scope 2の対象となる電力消費の相当部分を占めると見込まれています。つまり、アワリーマッチングは一部の先進企業の取り組みにとどまらず、2030年頃を見据えた「次の標準」として、徐々に広がっていく可能性があるということです。

一方、日本では別の制度設計が進んでいます

こうした国際的な動きと並行して、日本国内では、電力の安定供給を目的とした制度設計が進められています。その一つが、小売電気事業者に対して、数年前から電力量(kWh)を確保することを求める、いわゆる「量的供給能力確保」の考え方です。

この制度は、燃料価格の高騰や需給逼迫が生じた場合でも、電力供給を維持できるよう、調達の予見可能性と安定性を高めることを目的としています。資料によれば、実需給年度に対して、3年度前、1年度前といったタイミングで、想定需要の一定割合をあらかじめ確保しておくことが想定されています。

ここで重視されているのは、電源の「変動の少なさ」や「長期の確実性」です。結果として、LNG火力や原子力といった、出力が安定し、燃料調達や運転計画を比較的見通しやすい電源が、制度上の中心的な役割を担う可能性が高いと考えられます。

二つの制度が交差する地点で見えてくる論点

ここで浮かび上がってくるのが、GHG Scope 2のアワリーマッチングと、国内の量的供給能力確保義務との整合性です。
両者は、それぞれ合理的な問題意識から生まれていますが、前提としている時間軸や対象が必ずしも一致していません。

仮に、大口需要家がScope 2対応のため、20年規模のコーポレートPPAを通じて再生可能エネルギーを時間単位で引き当てる一方、小売電気事業者が同じ需要を前提に、数年前から安定電源のkWhを契約で確保することになった場合、電力システム全体としては、実際の需要を上回る「二重の引き当て」が生じる可能性があります。

これは、必ずしも制度設計者が意図した結果ではないでしょう。しかし、制度間の調整が十分に行われなければ、結果として事業者の収益性や投資判断に影響を及ぼし、市場全体の効率性を損なうリスクも考えられます。

電力という商品特性を踏まえた慎重な検討が必要です

さらに留意すべき点として、電力という商品の特性があります。
電力は貯蔵が難しく、時間とともに価値が大きく変わる商品です。また、先物市場などの金融的な手段は、価格リスクのヘッジには有効である一方、必ずしも現物の供給力を担保するものではありません。

このため、安定供給を目的とした制度と、環境価値を評価する会計ルールとを接続する際には、単純な数量比較ではなく、時間、場所、運用実態といった複数の要素を同時に考慮する必要があります。

多元的な視点に立った制度設計に向けて

GHG Scope 2 Guidanceの高度化も、国内の安定供給制度も、それぞれが現実的な課題への対応として検討されています。どちらか一方が誤っているというよりも、両者をどのように整合させるかが、今後の重要な論点と言えるでしょう。

制度の予見可能性を高め、電源投資や調達判断を萎縮させないためには、電力市場、環境会計、エネルギー政策を横断した、多元的な視点での検討が欠かせません。
こうした観点から、今後の議論が丁寧に積み重ねられていくことが期待されます。